-86転87起 -熟練戦士を目指すトレボーの修練記--
About Trefor 86
トレボー 著
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トレボー。お前が私の下で武術の修行を始めてから、ずいぶんと長い歳月が流れたな…
もう私から教える物は何も無い。他の弟子と同じ様に、この村を離れて見聞を広げなさい。
私がレイナルド先生の下で修行をしている頃の話である。突然先生からこの様に言われ、私は心の中では慌てながらも、落着いた様子でこう答えた。
師匠、私はまだ師匠から学ばなければならない事が沢山あります。
師匠のような戦士になるのが私の夢。その夢を叶える前に、この村を離れる訳にはいきません。
今のままでは、名高いティルコネルの戦士の名に、泥をぬるだけです。
ふむ… お前はどうしても村に残りたいみたいだな…
本当は他にも理由があるんじゃないのか?
さ、流石は我が師匠。師匠の言葉に、私はそのまま黙る事しかできなかった。
師匠はそんな私を見ながらこう続けた。
そんなに顔を赤くするんじゃない。
では、お前がこの村で修行を続けたいと言うなら、私が試練を与えよう。
お前は持てる限りの卵を持ち、一度も倒れずに戦う自信はあるか?
持てる限りの卵ですか…
師匠、流石にそれは無理かと…
60個もの卵を持つ事自体、無理がありますし、
更にそれを割らずに戦うなんて、いくらなんでも無理があります。
そうか… 確かに今のお前には無理だろう。
それなら1つならどうだ? 倒れて割れるのは1個も60個も同じだからな。
1個ですか? それくらいなら自信あります。
トレボー、お前は何か大切な事を忘れてないか?
卵の数が重要ではなく、どんな相手と戦うのかが重要なのだ。
そ、それは…
今回の試練はラビダンジョンにいるボスを倒す事だ。
ただ、ひとつ注意がある。必ず1人でダンジョンに入り戦うんだ。他人の力を借りた時点で失格とする。
***
それから私は卵を手に取り、1人でラビダンジョンに入った。
実は、ラビダンジョンのボスが、どんな手強いモンスターなのか調べようと、遠く離れた町の人々に聞いてみる事にした。しかし、いくら聞いても教えてくれる人はいなかった。しかも時折、何故か不気味な笑みを見せる者もいた。
私はラビダンジョンに入るや否やとても驚かされた。ボスに会うどころかミミックを相手にするのも精一杯だった。気味の悪いダンジョンの奥にいるスケルトンや骸骨のオオカミは、とても自分の力にあまる相手だった。また、私が一番嫌いなネズミも出たりした。
時には間違えて持っていなければならない卵を祭壇に捧げたこともあった。
そのような事をしながら、私はようやく悟る事ができたのだ。単にラビダンジョンのボスを倒す事だけが重要なのではなく、ボスの部屋にたどり着くまでの過程も大切なのだと。
師匠の深い考えに至まで、かなり長い時間がかかった気がするが、課題の意味が分かった以上、私が行く道を妨げる物は何もない。
私はついに卵を割らずに、ラビダンジョンのボスが潜む部屋にたどり着く事ができた。
しかし、そこで私が見たものは恐ろしいモンスターではなく、とても魅力的で綺麗な黒い服を着た女性だった。
その女性が話かけてくると、私は頭の中が白くなった。しかし! 確かに美人で魅力的ではあるが、村の北に住んでいるディリスには敵わない!
とは言うものの、綺麗な女性の前では力を失ってしまう私の不治の病がある… 私はダンジョンを出る度に割れた卵で濡れた袋を持ち、
足を引きずっていた。それを繰り返すことを86回。私は何年か前に師匠から聞いた話を思い出した。そして、その黒い服の女性がサキュバスだという事に気がついた。
今のままでは勝てる気がしない、そう思った私は師匠に助言を求める事にした。
師匠。課題が難し過ぎます。
どうすれば、サキュバスを倒す事ができるのでしょうか?
師匠は軽く微笑みながら、私にこう言った。
お前は敵との戦いで、スキルを臨機応変に使っているのか?
得意なスキルに固執してはいけない。相手が使うスキルを素早く察知する事が重要だ。
師匠… 師匠の言いたい事はわかりますが、それを実践するのは中々難しいかと思います。
それに私には克服できない不治の病がありますし…
…
長い沈黙が続いた後、師匠が私に黄金の卵を手渡した。
この黄金の卵は、ディリスがお前を心配して置いて行った物だ。
お前… 腹が減ったからと言って、イキナリ食べたりするんじゃないぞ。この卵を見てディリスの気持ちを忘れるんじゃない。
私は猛烈に感動した! そして一時でもサキュバスの美貌に惚れ、
私の女神であるディリスを忘れた事がとても恥ずかしかった。
私は、彼女の温もりが残っている黄金の卵を手に、再びラビダンジョンへ向かう事にした。
***
それから私は、師匠の教えとディリスがくれた黄金の卵の力で、サキュバスが居る部屋まで無事たどり着く事ができた。
サキュバスは相変らず魅力的な美貌で私を誘惑しようとするが、ディリスに対する愛の力で打ち勝つ事ができた。
その後、私は一人の戦士として彼女にプロポーズをしようとしたが、彼女は私にそんな高い物をプレゼントする訳がないと、ヒーラーの家から追い出されてしまった。そう、師匠は私に嘘をついたのだ。
冷たい物が頬を流れた瞬間、私は悟る事ができた。師匠は単なる武術の試練だけではなく、女性の前でグズグズする私の性格を変えようとした事を。
ディリスがくれたという黄金の卵は嘘ではあるが、師匠はようやく私を1人の戦士として認めてくれた。
この本を読んだ人も、黄金の卵を割らずにサキュバスを倒す事ができれば、立派な戦士として認めてもらえるだろう。また、綺麗な女性の前で力を無くしてしまうという、私と同じ病を持つ人も、きっと克服する事ができるであろう。
心身ともに訓練された戦士の道に興味があるなら、黄金の卵を利用した訓練をおすすめする。
気になる異性が黄金の卵をプレゼントしてくれるなら、それ以上の訓練方法はないだろう。
私はそれ以来、黄金の卵はもちろん、頭の上に水を入れた瓶をのせて、ラビダンジョンを攻略することに何度も成功した。
ラビダンジョンを何度も攻略する私を町の人達は、ダウンワルード攻略の達人、トレボー86と呼んでいる。
そんな私は今でも好きな人の前では顔が赤くなる。こればかりは、どうする事もできないのである。