-あるキャンプファイアでの出来事-
A Short Story around Campfire


著者不明



ある旅先での出来事である。
夜の野原を明るく照らすキャンプファイアに冒険者が集まる。 そして集まった冒険者達は食べ物を分け与えながら楽しく冒険談を語り合う。 私はその冒険談の中から汚い服装をした冒険者の話が記憶に残り本にする事を考えた。 そして何年か後にようやくこの本を完成させる事ができた。
これからの話は、その時に聞かされたある冒険者の話である。


***



私はこう見えても、数年前までは名のある冒険者であった。自慢する気はないが、 ダンバートンに住んでいる人なら私の名前を知らない者は恐らくいないだろう。 そう、私の名前は疾風のジェカー。

当時、ダンバートンは旅の途中で無くした物を回収する為に官庁を訪ねてくる冒険者達で溢れていた。 私の仕事は、その官庁から武器や鎧を盗み出し、闇で売る事であった。つまり盗賊である。

そもそも高い武器や鎧を 官庁から回収するには高い手数料が掛かるので実際に回収する人は少ない。 そんな高価な武器や鎧も長い間倉庫に保管すると錆びて使えなくなる。
よって私は使われる事のないアイテムを再利用しているだけ。 そう、私は結果的に良い事をしたのだ。

その時、一人の冒険者が彼に刃を向けたが、彼はそのまま話しを続けた。

そして、彼はその様な事に手を染めていたのは過去の事であり、ある日の出来事を境に手を洗う事にしたのだと言い話を続けた。


その出来事が起きた日、私は深夜の官庁に忍び込んだ。
官庁に保管されている高価なアイテムの数は想像つかないだろう。 官庁の職員達も全ての物を管理する事ができず、いくつかのアイテムが無くなっても気付かない。
その日は皆が帰宅するのを待つが、官庁の職員が夜遅くまで残っていた為、 忍び込んだ時は、夜の十二時を過ぎていた。

灯りを付ける事はできないので、月の光が差すのを待つが、よりによってその日はイウェカが現れなかった。 仕方なく私は手で探りながら廊下を通り倉庫に入ったのだ。

いや、正確には入ったと思っていた。

山の様に積まれた箱と、いつもと変わらない革や鉄板の匂い… 私はそこが倉庫だと思っていた。
しかし、手探りで探した箱を開けようとした瞬間、突然声が聞こえた。

私は突然の声に腰が抜けそうになった。

私は箱の影に隠れながら調べようとしたが、辺りは暗く何かの気配は感じるが、良くわからない。 ひとつ言える事は、その気配が無数にある事だ。 そして暗闇の中からこの様な会話が聞こえてきた。

"大変だったんだぞ。骸骨オオカミ程度ならまだいいよ。お前、黒ヒグマを運んだ事はあるか?"

骸骨オオカミ? 黒ヒグマを運ぶ? 私は開いた口を閉じる事ができなかった。

"それも一度や二度じゃないぞ。もう疲れたよ。気晴らしにメタルスケルトンでも投げ落としてやりたいよ"

聞こえてくる声は1つや2つではない。しかもメタルスケルトンを投げ落とすとは…
一体どんな奴らなんだろうか…。 夜遅くまで仕事をしている職員なのだろうか?
いや、そんなはずはない。職員は全員帰ったはず。それとも 私と同じように忍び込んだ盗賊団なのだろうか? 私は緊張しながらも、 声のする方を覗いてみる事にした。

その瞬間、鋭く光る無数の目が見えたのだ!想像してみろ。暗闇の中で光る無数の目を!

私はその場に座り込んでしまった。
人間ではないみたいだが、月の光すら無い状態では影すら見る事ができず、確認する事ができない。 微かに見えた姿は、まるでゴブリンやインプのようだった。

魔族? 黒ヒグマを持ち上げたり、メタルスケルトンを投げ落とす程の強い魔族? 以前、友人がダンジョンで見たことがあるという、ブラックウィザードではないかと思った。 そう考えるとブラックウィザードが座ると、同じ大きさになる気がした。
どんな理由で官庁にそんな魔族がいるのかわかわないが、 バンバートンの官庁は、どこかのダンジョンと繋がっているのかと思った。


"このままじゃ駄目めだ、この状態が続くと酷い目に会うぞ"
"その通りだ。今は多くても3つだが、これからは増えるかも"
"最悪な事にダンジョンまで来いと言う奴らもいるからな"
"ダンジョンに行くだけならまだいいが、たまに矢を射る人間までいるからな…"

低く小さな声で話している様子がとても恐ろしく感じた。 何かに対する不満だろうか…。

"このまま黙って人間を見ている訳にはいかない。では、これからどうしたら良いだろうか…"

青い瞳の集まりは、まるでエリンから逃げ出した 魔族達が、再びエリンを侵略する為の集まりの様だった。
私はあの場から逃げだし、この事を皆に知らせるべきか迷っていた。何故かと言うと、この事を知らせる事で私が盗賊 だということがバレてしまうからだ。

"我々にはどうする事もできないんだ"
"何故?"
"ならお前らはナオやダンカンに勝つ自信があるのか?"
"…"

ナオは冒険者達の面倒をみてくれる少女だよな?… ダンカンは ティルコネルの有名な村長だし…

"それにペドロックの奴がナオに密告すると全部無駄になるんだぞ"
"悪い奴だ。ナオと親しいからと言って、同族を裏切るとは…"
"そう言うお前もナオから仕事を引き受けようと必死じゃないか!"
"お前こそ、エヴァンに媚びる為に仕事をしているだろ!"
"…"

そ、そんなはずは…
ナオやエヴァンが魔族に仕事を?
そう言えば、行動不能になった冒険者の近くにはナオが現れるとの噂を聞いた事がある。 きっとナオにやられたに違いない。 それと、官庁は冒険者が無くした物を 魔族が回収するという噂もある。そうでなければ、あれだけの数の物を回収する事は不可能だろう…
私は怖くなり、これ以上その場に居られなくなった。もし、官庁のエヴァンが 魔族の仲間だとすると、この場にいてバレたらきっと殺されてしまう。
こうなってしまった以上、私は自力で逃げなければならかなかった。 手足が震えながらも見つからない様に、こっそり出ようと立ち上がった瞬間…

バキッ!

床に置かれていた、箱のふたを踏んでしまったのだ。
それと同時に、暗闇の中で光る不気味な瞳が 一斉にこちらを向いた。

"誰だ!?"
"人間か?"
"今の話聞いてたよな?"
"今の話、聞いたよね!?"

ガーゴイルが羽ばたく音と共に、沢山の不気味な目が近づいてくる…
私は、そのまま悲鳴を上げながら、その場から逃げ出してしまった。悪魔どもが 追いかけてくるか振返る余裕もなかった。 逃げ出した時に倒れて足の爪が剥がれたり、何回も転んだが全く痛みを感じなかった。

その以来、私はダンバートンに近づく事ができなかった。 ましてや官庁に盗みに入るなんて考えたりもしない。

この話を聞いたみんなも気を付けるんだ。ダンバートンのエヴァンや、冒険者達の世話をしてくれる ナオは、実は魔族と手を結んだ魔女だからな。
もちろん、ティルコネルの村長も絶対に信じてはいけない…


***



彼の話は、これで終わりだ。私はその話を聞いた数年後に ダンバートンへ足を運びエヴァンと話をする事にした。 私は、エヴァンに何年か前に官庁へ盗賊が入った事はないか 聞いてみる事にした。仮にジェカーという人物の言う事が事実なら、 何か反応を見せると思ったからだ。

エヴァンは、しばらく昔の事を考えならが丁寧な口調でこう答えた。

"昔の事ですからよく思い出せませんが… 何年前に官庁で飼っているフクロウの檻に盗賊が入った事があります。保管する場所が無くて一時的に置いた箱を 倒して逃げた事がありました…"

私は再び疾風のジェカーと会う事はなかったが、彼を見かけたら、 臆病で間抜けな盗賊の誤解を解いて欲しいと思う。 だが、誤解を解かない方が、世の中の為になるのだろうか…